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全員が賛成していたのに、誰も動かなかった/15%の壁

全員が賛成していたのに、誰も動かなかった

あるコラボレーションツールの社内利用率を、一年で全従業員の半分まで引き上げる。そういう目標を掲げたプロジェクトに関わっていたことがある。この種のツールが当たり前になる前の話だ。今では多くの組織が何らかの形で使っているが、当時はまだ、導入していない会社のほうが多かった。そんな時期に、未熟なプロジェクトマネージャーとして参加していた私は、苦い経験をした。

そのプロダクトは現場から自発的に広がったものだった。経営層や管理職の掛け声で入れたわけではなく、便利だと気づいた人が使い、それをみた人が真似をして、少しずつ利用者が増えていった。気が付くと最初の導入から二年が経過しており、その時点で全従業員の一割強が使うところまで来ていた。

だから、目標に掲げた「全従業員の半分」は容易に達成できると思っていた。ここまで自然に伸びてきたのだから、同じやり方を続ければ半分には届くだろう、と。

結果は大幅な未達だった。

不思議だったのは、反対らしい反対が一度もなかったことだ。説明に行けば「いいツールですね」と言われる。「使えるところで使うのはいいと思います」とも言われる。否定的な反応はほとんど返ってこない。

それなのに、数字がある一定のラインから動かない。

賛成は、行動の予告ではない

しばらくして、これは「賛成しているのに動かない」のではなく、「賛成と行動がそもそも別の力学で決まっている」のだと考えるようになった。

現場の仕事は、その人の意思だけで決まっていない。顧客との取り決め、所定のフォーマット、ファイルの命名規約、これまでそうしてきたという積み重ね。明文化されているものもあれば、なんとなくそうなっているだけのものもある。新しいツールを使うということは、そのかなりの部分、場合によっては全部に対して「変えます」と宣言し、説明して回るということだ。特にこの変更に伴う説明について、現場に近い場所で責任を担うのは、多くの場合は現場の管理職マネージャー層である。彼ら・彼女らは、多忙を極めていた。そのため、新しいプロダクトそのものに対して感情的にはポジティブであったとしても、直ちに行動に移せたのかというと、必ずしもそうではない。

一方、今のやり方を続けるのに説明は要らない。

つまり、便利かどうかを比べているのではない。変えるコストと、変えないコストを比べている。そして多くの場合、変えないコストはほぼゼロだ。この非対称性がある限り、「いいツールですね」は何度でも言える。言っても何も起きないからだ。

ここで正直に書いておきたいことがある。

当時、私はこの状況を、説得が足りないせいだと思っていた。もっと丁寧に説明すれば、もっといい事例を見せれば、届くはずだと。そう思って行動を続けた。

でも今振り返ると、やるべきだったのは説得ではなく、全く別のことだった。

数字が頭打ちになる時点から時をさかのぼること半年、プロジェクトのちょうど中間地点で、プロジェクトオーナーの変更を伴う体制変更があった。新しく来たオーナーは、この取り組みの経緯を知らない。本来ならそのタイミングで、意義を一から説明し直し、経営層まで巻き込んで作戦を切り替えるべきだった。一度はその提案をした。だが、その提案は通らなかった。私もその時は、それ以上は粘らなかった。

通らなかったこと自体は、組織ではよくある。問題は、私がそこで説得に戻ってしまったことだ。届かない相手に届けようとするより、届く相手を変えるほうが先だった。それができなかったのは、上の判断のせいではなく、私が引き下がったからだ。

15%は、経験則ではなく境界線だった

後になって、この「一割強で止まる」という感覚には名前がついていることを知った。

Rogers(1962)のイノベーション普及理論は、新しいものを採用する人を五つの層に分けている。最初に飛びつく層が全体の2.5%、その次に続く層が13.5%。合わせて16%。ここまでが、新しさそのものに価値を感じて動く人たちだ。

その先にいる層は、性質が違う。彼らが見ているのは新しさではなく、周りが使っているかどうか、そして失敗しないかどうかである。

Moore(1991)はこの境目を「キャズム」と呼んだ。連続した坂ではなく、断絶がある。だから同じやり方を続けても越えられない。坂を登る力と、谷を渡る力は別物だからだ。

私が体感していた「15%の壁」は、ほぼこの境界そのものだった。当時はこの理論を知らなかったから、自力でそこまで伸びたことを、単純に追い風だと受け取っていた。今の言葉で言えば「キャズムはもう越えた、このまま自然に伸びる」と錯覚していたことになる。

ただし、この二つの理論はもともと市場を対象にしたものだ。見知らぬ消費者の集合に新製品がどう広がるかという話であって、すでに秩序とルールを持って動いている組織の中での普及とは、前提が違う。それでも境界の位置はほぼ同じだった。つまり15%というのは、ゲームのルールが変わる地点に到達したという合図だったのだ。 

考えてみると、この時扱っていたのはコラボレーションに必要となるプロダクトだった。一人で完結するツールであれば、便利であれば市場の理論に即して広がる余地があったかもしれない。しかし、プロダクトの特性を考えると、「利用者が増えるほど価値が高まる性質」——いわゆるネットワーク効果——が強く働く。別の表現をすると、周りが使っていないなら使う意味がない、という状態となり、キャズムが他のツールよりも深く、かつトップダウンの強制力なしには超えにくい性質を持っていたのだと思う。

では、その先で何が要るのか。

Kotter(1995)が変革の失敗要因に挙げたものの一つに、強力な推進チームを築けないこと、というものがある。一人の旗振り役や一つのチームでは、組織全体の慣性には勝てない。動かすには、動かす権限を持つ人たちが同じ方向を向いている必要がある。

Prosciが長年繰り返し報告しているのも、ほぼ同じ内容だ。変革の成否に最も効く要因は、予算でもツールの質でもなく、経営層の目に見える形での関与である。

どれも理屈としては知っていた。だが、自分のプロジェクトがその局面にいるとは思っていなかった。

15%は、勝利ではなく合図である

もし同じ場面に戻れるなら、私は15%という数字の解釈を確実に変えると思う。

あれは「ここまで来た」という達成感を得るポイントではなく、「ここから先は別のゲームだ」という合図だった。手応えを感じた瞬間こそ、やり方を切り替えるべきタイミングだった。

その時に戻れたら、私は何を具体的にアドバイスするだろうか。大きく分けると、三つのことがある。

ひとつ。プロジェクト目標の性質を正しく理解しろ、と伝えるだろう。「二人に一人が使う」というのは、組織全体の働き方に関わる話であり、一つのチームが自前で掲げて達成できる種類のものではない。この目標を持った時点で、それは経営の意思決定を必要とする案件になっている。その認識を最初に持つべきだった。

ふたつ。スポンサーを「いること」ではなく「動いていること」で見ろ。名目上の責任者は存在していた。だが、その人にとってこの取り組みは、自分の言葉で語るほどのものではなかった。形式的にスポンサーがいる状態と、スポンサーが機能している状態は、まったく別物だ。名前が置かれていることで、私は身勝手にも安心しきっていた。

みっつ。メッセージが届かなかったときに、同じ説得を繰り返すな。同じ相手に同じ論法で三度目を試みているなら、それはもう手段の問題ではなく、我々からは見えづらい相手の問題である可能性が高い。別の作戦を練るか、上に上げるか、今は時期ではないと判断して引く。そのいずれかを選ぶべきだった。

熱量には、届く距離がある

このプロジェクトは未達に終わった。二年前に誰が決めたのかもわからない数字を引き継ぎ、それに縛られたまま走り、届かなかった。悔しかったし、正直なところ、しばらく腹が立っていた。

ただ、組織や経営というのは、時間と金とエネルギーをどこに投じるかの判断の連続でもある。大事なことであっても、もっと大事なことがあれば後回しになる。それ自体は受け入れるしかない。受け入れた上で、自分がベストを尽くせていたかを個人として振り返る。それしかできることはないのだろう。

そうやって振り返って残ったのが、この一点だった。

現場から生まれた熱量が運べる距離には、限界がある。おおよそ15%。そこから先は、熱量を増やすのではなく、燃料の種類を変えなければならない。

だから今、色々な場所で、現場発の取り組みが伸びているという話を聞くと、応援したくなると同時に、少し心配にもなる。順調であることは良いことだが、順調さがそのまま続くと信じてしまうと、作戦を切り替える適切なタイミングを見逃してしまうからだ。

一番危ないのは、反対されているときではない。全員が賛成しているのに、何も起きていないときだ。

参考文献

– Rogers, E. M. (1962). Diffusion of Innovations. Free Press.(邦訳:エベレット・ロジャーズ『イノベーションの普及』三藤利雄訳、翔泳社、2007年)

– Moore, G. A. (1991). Crossing the Chasm: Marketing and Selling High-Tech Products to Mainstream Customers. HarperBusiness.(邦訳:ジェフリー・ムーア『キャズム』川又政治訳、翔泳社)

– Kotter, J. P. (1995). Leading Change: Why Transformation Efforts Fail. Harvard Business Review, 73(2), 59-67.

– Prosci. Best Practices in Change Management.(経営層の積極的かつ可視的なスポンサーシップが変革成功の最大要因であることを繰り返し報告している)

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